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2007年5月31日 (木)

ウォッカ

日曜見た競馬の事を今書くってのもナニですが…。
それにしてもウォッカか。
あまりの完勝ぶりに動転してしまった。
直線で先頭に襲い掛かるときには「オーッ!オーッ!」と意味不明の声を上げる動転ぶり。我ながらアホかとも思うが、確実に違う彼女の脚色に「差せ」だの「そのまま」だの冷静な言語を搾り出す余裕を完全に失ってしまった。
なんという強さ。今年の牡馬が小粒な印象だからといって、かつての牧歌的な時代と異なる近代競馬で、牡馬相手に3馬身差の完勝劇など想像できなかった。

桜花賞の惜敗時には、戦前「アンカツさんやユタカさんがどう出るのか楽しみです」などと言っておきながら、4コーナーでそのアンカツに思いっきり寄られて勝利を逃した四位騎手の失態に暗澹たる気分になった。「彼らが何か仕掛けると想定していてそれかよ」と。

しかし、オークスでの雪辱どころか、それを蹴ってのダービーの戴冠とは。
すべての予想を上回る結末に言葉がない。
かっこいいなあ、四位。桜花賞でのチョンボは帳消しどころか、笑うほどのお釣りを貰った。そして、日本競馬史に確実に彼の名が残った。(64年ぶりの牝馬でダービー制覇なら残るでしょ?フツー)
やっぱ競馬は楽しいなあ。馬券は全部紙屑に化けたけど。

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2007年5月27日 (日)

圧倒的な虚無感

少し前になるが、ロメロのゾンビ(原題:DAWN OF THE DEAD )を観て、その世界観に今更ながら驚いた。
ホラー・スプラッタ映画は積極的に見る気にならない(というか怖いのはキライ)ので、いつか見ねばと思いつつ先送りにしてきたが、観なかったこれまでを少し悔やむ。

ゾンビとは語るまでもなく、生ける屍のことだが、「生きた死体」なのは人間の死体であるばかりでなく、作品内の世界そのものが「生きた死体」という強烈なイメージに圧倒される。
煌々とした照明、薄っぺらな音楽、そして脳天気な店内アナウンスにむなしく彩られた無人(でもゾンビだらけ)のショッピングセンター。生前の習慣だからなのか、そこに集う、つい最近まで人間だったモノたちの夥しい群れ。作品世界を覆うのは絶望すら通り越した圧倒的な虚無感。

この作品において恐怖映画的な要素と言えば当然、「人を喰らう夥しいゾンビ達」、ということになるのだろうが、現在の目から見ればほほえましいとすら思える特殊メイクと残酷シーンであるがゆえに、映画の描くあまりにも空しく寒々とした世界観がより際立つように感じる。

「明るく彩られた廃墟=ショッピングセンター」とそこに集う「さっきまで人間だったモノ」という構図がもたらす荒涼とした不在感はこの映画のすべてといっても言い過ぎでもないように思う。「死んだ世界」を当時ここまで描いたのであれば歴史的名作というのも頷ける。

昔、洞沢由美子がアニメージュに連載していた漫画「D[di:]」を愛読していたのだが、あの描写の一部はロメロのゾンビの翻案であったのかと今になって思う。(それをパクリのなんのというつもりは一切ない。というか多少の類似を鬼首で指摘する最近の子供にはうんざりだ)
当時中学生だった自分は洞沢が描く絵柄が好きだったというのもあるが、そこに描かれる世界観も気に入っていた。極端に言うと「死んだ世界」を歩きたいと夢想していたのだ。
「D[di:]」でも描かれる無人となった店舗での気ままな無銭ショッピング(要するに堂々と盗んでいる)は妙な憧憬となった。「うる星やつら・ビューティフルドリーマー」においての食料調達(食料のタダもらいってのが押井守的か)と同様に。

しかしこの映画で一番好きなのはラスト付近のショッピングセンターに併設されたスケートリンクを大勢のゾンビがうろうろと意味もなく歩き回る映像。なんか…もう、スゴ過ぎるわ、この画。脳が焼けるかと思った。エンドロールの脳天気BGMもイイ。これ撮ったヒト、天才だ。

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2007年5月 3日 (木)

気にできるか

趣味の立体物を「売る」立場であれば、それがロボットであれ、美少女フィギュアであれ、スケールであれ、お客が見ないような細部を気にできるか、ということがその重要だと感じる。…なんでもそうか。サービスの提供者ならば。

サービスの提供者の目が享受する側=消費者のそれを下回ることがあってはならない、と考えるのは少し傲慢かもしれないが、でも、そう感じる。そうありたいと考える。
提供者側が込めた情報を享受する側が深く考えずに味わい、気づき、感じた部分についてのみアレやコレや評価したり感動したりする。それは金を払った客に許される贅沢であり、提供者は御代をもらった以上、甘んじて受け入れるべき状況なのだろう…と。

作り手としての目を養うため、「プロ」の決意のみで一点突破できる人間もいれば、あらかじめ備わった、常人をはるかに凌駕する対象ジャンルへの愛情・熱意・変態的探究心で突破するものもいる。

半ば好きでホビー業界の末席にいる以上、審美眼の衰えと戦う必要はあるし、それを意識する年齢にも差し掛かったのだが、さて。
好きなだけで乗り越えられる年齢ははるかに過ぎただろう。プロの決意で突破していく人たちを見ると未だに尊敬してしまう。ってまだそんな状況かよ>俺

1年の就労を経て、結果やめていく会社の若い子を見ながら思わずふと考える。

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