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2008年2月28日 (木)

コイツはマジで来たかもしんねえw

今月のモデルグラフィックスは…
MSV特集!!
うーん、こいつはもしかして風向きが珍しく俺の方へ…?
つーか、80年代ブーム来たか?w

…まあ、ライバル(?)2誌のガンダム合戦も相変わらずどこ吹く風のモデグラの特集だしな。

プロフィニッシャー岡やんもあさの氏も触れていたが、リアルロボットというかMSVって当時の小学生にとっては、精一杯の「背伸び」だったんだよなあ。
「スケールモデルっぽい汚しとかマーキングしてあるとシブイ!!」という。
…なんじゃそりゃw

「模型の解像度を高める(byモデグラ)」というごく一般的なプラモデルに接する際の気持ちも当然あったとは思う。
ただそれ以前に、模型歴の長いお兄さん方がキャラクターモデルにクソ真面目にスケールモデルの技法を放り込むという、下らないと言えば下らない、妄想遊びをやっているのが当時の小学生どもには、もの凄く経験に裏打ちされた余裕のある知的な(w)大人の遊びに見えて憧れた、という側面は絶対にあったと思う。アニメキット(ごとき)に本格的な模型の方法論をブチ込むなんて、なんか逆に大人っぽい行為だなと…。ま、全部俺のハナシだけど。
要するにお兄さん達の悪ふざけに小学生の自分も混ぜて欲しくなったんだな。

それに応じるように出現したのがMSV!
これにはヤラレた。アニメより格段に線を増した(今見たらそうでもない…)新デザイン群!、機能的(に見えた)ディテール!そして数々のオフィシャルだかアンオフィシャルだかわかんないけど深く掘り下げた(ように思えた)設定群!パーソナルマークの数々や知られざるエースパイロット達の活躍(全部文字情報。だがそれがいい。)!そしてそれまでの「真正面向きで見栄を切ったカッコいいロボット絵」の概念をひっくり返し、「子供扱いすんな!」という子供の叫びに応えるかのような、渋すぎる石橋謙一作のボックスアート!!

うーん、これはキた。アニメを起点にしながら(コレ重要)、文字情報と模型(箱絵含む)のみを頼りに宇宙世紀を勝手に妄想するという遊びの楽しさ。そしてくどいようだがそんな知的で(w)洒脱な(wwww)遊びに耽る自分ら自身に陶酔するという二重構造。
コレが小学生(当時)にとってのMSVだったと思う。

…で、ふと思うのは必ずしも子供の目線に立つ必要なんかないんじゃないか、という事だ。(うーん、なんか語弊があるな。)
子供が必ずしも子供の身長でしかモノを見ない、見ようとしていない、と思うのは大人の傲慢なんじゃないだろうか。それが結局「子供の背伸び」にすぎないにせよ、それでも子供は自分の背より少しナナメ上を見上げて生きている、と考えるべきなんじゃなかろうか。

今のバンダイの模型展開を見ると、とても親切だ。作りやすいように、色も塗らないでいいように、接着剤も要らないように、怪我もしないように、そしてみんな大好きなガンダムは4機も5機も番組開始時から登場。
企業努力(しかもハンパじゃない)の賜物と言ってしまえばそれまでだが、そんなガイド付きの冒険なんて面白いか?…それでも主役メカ“ガンダム”は売れているそうだが。「たかがプラモデル」くらい冒険したっていいんじゃなかろうか?

復刻された講談社刊の「機動戦士ガンダムモビルスーツバリエーション」の全3巻を改めて見ると…1巻はザク編、2巻はジオン編、そして3巻がやっと連邦編。そう、これこそまさに当時の気分だった。…しかしザクだけで一冊かよ!w
それは典型的ヒーロー像の放棄を大きく掲げた「ガンダム」が模型界にもたらした影響だろう。
「ヒーローロボットの残滓を残すもの」=「RX78」である以上、それは必然とも言えた。その流れを小学生も感じ、テレビに登場もしていないジオンのエースパイロットこそカッコいい、あるいはカッコいいと考える事がカッコいい(ややこしい)、そんな当時の異常事態を示すものだ。
「超強いロボット=ガンダム」より「物量で押す連邦相手に北アフリカ戦線でトロピカルドムを駆って戦う名も無きジオン兵」に思いを馳せるという、なんともこまっしゃくれてて、より隙間にはまり込むような遊びが多くの子供に支持されたからこそ、と思える。

AOZやSEED MSVなんて「ハーイよい子のみんな、ここで遊びましょうね」という大人にだけ都合のいい託児所にしか思えない。スーパーロボット“ガンダム”を出すだけ出しといて、その他の「敵」は有象無象に描いておいて、「さあ世界観を広げましょう」なんて無理なこった。
そんなのリアルロボットブーム当時、プラモ馬鹿売れで調子こいたバンダイが「そうか、敵メカがトレンドか!」と勘違いして出したゴッドマーズのやられメカのプラモと何が違う?(…あれはあれで今見ると味あるけど)

さっき上で「アニメを起点にしながら」というのが重要と書いた。どういうことかというと、「アニメキットだけどリアルなプラモ作りたい!子供扱いしないで欲しい!」という話と「今のアニメは大人の鑑賞にも堪えうる映像作品的強度を獲得している、認めてくれ!」という80年代アニメブーム当時の空気は基本的に同質のものだったんではなかろうか、という事。
自分の手に届く範囲(アニメやプラモ)で自分の思いを本気で託せる媒体を手に入れた、世界に相対する事が出来る自分の場所を獲得した、その事を大人に認めて欲しかったんだろう、と今になって思う。「なんてわがままで都合のいい言い分だ」とも我ながら(自分もその一員であったことは間違いない)思うが、なんというか、「オタク」という言葉で括られて一応のポジションを獲得した現在よりはるか以前、そんな「思春期」としか言えない時代がオタク世界もあったのだろう。

今改めて眺めるMSVが見せてくれるのは帰らぬ過去の熱狂と希望、若さ故の焦燥と憤り、その記憶…って恥ずかしい思春期そのものじゃねーかw

あまりにも時間は過ぎた。懐かしむ以上の事は出来るはずもない。
かつて通いなれた遊び場は、子供騙しの託児所に成り果てた。
今を生きるには今なりの戦い方・遊び方を考えるべきだわな。Gmcannon

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2008年2月27日 (水)

ワンフェスに行ってきた。

日曜日はワンフェスに行ってきた。
仕事で。
休み時間は個人ディーラー方面を回ろうと思っていたのだが、疲れもありサラッと流して終了。
いかんなあ。こういう体力をケチるようでは。

前回も今回も思ったが「おっ」と目を惹く個人ディーラーはかつてワンダーショウケースで紹介されていたところだったりして、「なんだよ」って気分。
別にあさの信者って訳ではないんだが、選ぶには当然理由がある、という感じ。
ネット某所では「あさの」と聞くとボッコボコにするし、擁護の姿勢を見せるとソイツもボッコボコになるわけだが(まあ、彼の語り口に読者を不快にさせる部分は少なからずあるわけで…)、しかし、この業界を長く深く見つめてきた点はやはり認めざるを得ないような。
WSCに選出された彼らのガレキビルダー的技巧はわりとまちまちなんだけど、共通してWFという風景の中から突出したオーラを放っているのは俺の拙い審美眼と経験からもはっきりわかる。
それが商業として成り立つか、というのとはまた別次元のハナシだけども。

それはそれとして、コトブキヤのヘルハウンド早く作りたいなあ。
Hellhound

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2008年2月10日 (日)

80年代フェア好評開催中

実家で発掘した80年代アニメ系ガラクタ書籍を会社の休憩室に置いてみたところ、一部に好評。
それらの冊子に記された文字情報を読む、というより、当時の印刷物に特有のニュアンス(キャッチコピーや文体、アートディレクション等々)を「鑑賞」しているという感じ。
かつて単なる情報伝達のメディアであったそれらは、20年以上の時を経て、それそのものが時代の空気の記録となった、ということなんだろう。

自分たちの今現在の嗜好や価値観、大げさに言えば精神が、何によって紡がれているのか、それを確認するのも面白い作業だ。

それにしても、これらのアニメ付録冊子や模型情報誌が20年以上もの時間を経て、こんなところで熟読される日が来るとは、購入した母校の先輩にも、そして俺にも予測できなかった。…当たり前かw 捨てないで良かった、かな?

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