2008年3月 8日 (土)

劇場版「機動戦士ガンダム」を久しぶりに観る

久しぶりに観た。
しかし、知人に貰った「特別編」。
評判悪いよな、コレw。俺は初見だったが。

昨日寝る前に確認がてら、一作目の序盤と三作目の終盤だけ見たが、やはり面白いな。ガンダムは。
テレビ版的に言うと、1話と43話、アタマとシリだけ見たわけだが、一作目を見てる途中に「ヤバイ、これはそのまま全部観倒して寝坊しかねん」と大人(?)の判断が働いたから。

コレだけ著名な、語りつくされた作品にいまさらアレコレ言っても仕方ないが…(でも言う)。
まず、一作目。ガンダムにアムロが乗り込むまでの描写がとても丁寧だ。ディテールが、ではない。演出が。少年が巨大ロボットにいきなり乗り込んで戦う、という「ムチャクチャ」をとても丁寧に描いている。決して積極的でない主人公の動機付けと乗り込むまでの流れにすごいエネルギーを費やしているのに改めて感心した。こりゃ意欲作だわ。

で、三作目。さすがほぼ新作カット。いい絵だ。安彦良和はいい。
脚を撃たれて倒れるも直後、肩のキャノンでザクに反撃・撃破するガンキャノンがメチャメチャカッコいい!

そして「あなたはこんなにもに戦えるじゃない。あなたには守るべきものも、守るべき人も無いというのに。私には見える。あなたには帰るべき故郷も家族も無い。人を愛してもいない。」というララァの台詞。(適当な引用です。すんません)
なんかね、重すぎる。つか、ララァ酷い。そんな事言わないでほしい。
そりゃアムロも「だからなんだって言うんだよ!」とか反論にもなってない弱々しい返ししかできんて。

「愛する人のため、故郷のため」、動機なんていくらでも思いつけるように見えて、真に動機に足りうる理由や確信ってどれだけの人がどれだけ持って生きてるんだろうな。よくわかんねえ。他人には他人の理由がある、とは思うが、理由なんか無くたってとりあえず生きていける適当な生物なのが人間なんじゃないかとも思う。
「愛する人のためにすべてを捨てられるとか、そんな言葉はもう嫌だ。」(by浅井健一)なんてな。
「今まで胸を張って生きてきた」なんてとても言えない人生送ってきた俺には耳が痛すぎて、いい歳こいた今になってもこの台詞は苦しい。

「人を愛してもいない」ってのも酷い言い草だ。酷いと感じるのは心当たりがあるからだろう。ホントにキツイ。
言い換えれば、ララァは「オメー、訳も無いのに、なんで生きてんの?」と真正面から聞いてるわけだ。あのね、ホントにね、そんな究極の問いを他人にぶつけるなと言いたい(涙目)。

あ、ロボットに乗る「とりあえず」の動機(=生き残るため)を描いてハナシが始まって、結局は戦う動機(≒生きる理由)を問われる終盤に至るのか(いまさらアホか、俺)。
やっぱすげえなガンダム(バカ発言)。

でも、この映画のエンディングは本当にいい。
崩壊するア・バオア・クーで一瞬死を覚悟するアムロ。しかし眼前に半壊したガンダム。ここでオモチャ丸出しの合体戦闘機が重要なツールとして機能すると。もう、このために存在したギミックかと思ってしまう。コアブロックシステムという設定がすんなりと、しかも有効にストーリーに織り込まれてて見事すぎる。
で、その果てにはホワイトベースの仲間達が待っててくれた、というわけだ。すげえ。今観ても超フツーに感動したw

最後太陽に消えていく乗り捨てられたコアファイターもいい。

アニメの中で、でなく、すべての映画の中で実は一番好きなエンディングかもしれん。
やっぱすげえなガンダム(またバカ発言)。

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2008年2月10日 (日)

80年代フェア好評開催中

実家で発掘した80年代アニメ系ガラクタ書籍を会社の休憩室に置いてみたところ、一部に好評。
それらの冊子に記された文字情報を読む、というより、当時の印刷物に特有のニュアンス(キャッチコピーや文体、アートディレクション等々)を「鑑賞」しているという感じ。
かつて単なる情報伝達のメディアであったそれらは、20年以上の時を経て、それそのものが時代の空気の記録となった、ということなんだろう。

自分たちの今現在の嗜好や価値観、大げさに言えば精神が、何によって紡がれているのか、それを確認するのも面白い作業だ。

それにしても、これらのアニメ付録冊子や模型情報誌が20年以上もの時間を経て、こんなところで熟読される日が来るとは、購入した母校の先輩にも、そして俺にも予測できなかった。…当たり前かw 捨てないで良かった、かな?

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2008年1月27日 (日)

80年代の思い出たち

思い出したように投稿してみる。

正月に実家に帰った際、80年代のアニメというかオタク系の本がアホほど見つかった。
古いアニメ雑誌、その付録、ガンプラブーム時代に模型メーカーより出版された情報誌、アニメ映画・OVAのチラシ類…。
それらをクリアーの衣装ケースに両親がぶち込んでいたのを偶然発見したのだ。こいつらは高校時代にマン研の連中が備品整理の際、ゴミとして始末しようとしていた、俺らより更に5年以上前の先輩が残していったモノ。それを「そんな貴重なもの(そうかw?)捨てるなら俺にクレ!」と俺が引き取ったものだ。
改めて考えると、この衣装ケースいっぱいのオタ系ガラクタ書籍、どうやって学校から家まで持ち帰ったんだろう、俺。メチャメチャ重いのに。アホといえばそれまでだが、我ながら呆れる熱意だ。で、それらは俺が上京した後、なんの事は無い、結局15年以上も死蔵されていた、と。
見つけた瞬間は、あまりの懐かしさに思わず声を出して狂喜したが、特定の層(古株のオタ)以外、ゴミでしかないこれらをどうしたものか…。結局めぼしいものを更に選んで東京の俺のアパートへ郵送することに。目的は俺だけのためでなく、会社の古株のオタども見せてワイワイ言うためだ。同じ時代の同じ空気を吸った人間ならきっとわかってくれるはずだ、いやわかってもらうために東京に送ると言える。俺一人で摂取するにはあまりに激濃な時代のスープ。彼らにも飲ませる!!

80年代初~中期。あの空虚で無責任な明るさに満ちた空気。アニメや模型がいい加減な華やかさを誇った時代。ガラクタを見るにつけ、それらの記憶が蘇る。
過渡期が爛熟へ至り、やがて来る停滞も知らぬあの時代。「あのころは良かった」などと脳天気な台詞、口が裂けても言えないが、アニメや模型が更なる地平を見せてくれるはず、そして未来があるはずと信じていた頃の記憶が再確認された。そんな2008年正月。

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